第二幕第一場 デミフォン、ファエドリアス、ゲタ(旅から帰ってきたデミフォンが息子の結婚のことを怒っているのに対してファエドリアスとゲタが弁明する場面)
(デミフォンが左手、港の方から旅装束で登場)
デミフォン(独白)倅(せがれ)めがわしに無断で嫁をもらったというのは本当なのか? わしの権威を、いや権威はいいとして、わしの反対を恐れもしないとは、まったく遠慮なしなのか。大胆不敵とはこのことだな。そうだ、ゲタだ。あいつをお目付け役にしたらこのざまだ。
ゲタ(傍白)ほら、おいでなすった。
デミフォン(独白)あいつらはどんな言い訳を考えていることやら。
こりゃ見物(みもの)だわい。
ゲタ(傍白)それは大丈夫。ご心配なく。
デミフォン(独白)こんな事言うんだろうかな。「無理やりの結婚で嫌々したこと。法律のせいだ」と。それなら認めるしかないかな。
ゲタ(傍白)それはありがたい。
デミフォン(独白)しかし、法廷で黙っていてわざと負けたのなら、「法律のせい」と言えるのかね。
ファエドリアス(ゲタに)これは手強いぞ。
ゲタ あっしが何とかします。お任せを。
デミフォン(独白)わしは一体どうしたらよかろうか。まったく予想外の信じられない出来事が起こってしまった。
わ しは腹が立って物を考えることすらできない。だからこそ、全てが順調なときに、不幸な事態をどう切り抜けるか、あらかじめよく考えておくべきなのだ。いつ どんな災難や事故が振りかかるかしれない。島流しに会うかもしれないのだ。だから、例えば、旅先から帰ってみたら、息子が道楽にのめり込んでいたり、妻が 亡くなっていたり、娘が病床に臥していたりすることはよくあることだ。
また、そう考えるようにすれば、何が起こっても驚くことはなくなる。そこまでくると、予期に反した出来事は全て儲けものと思えるようになるのだ。
ゲタ(ファエドリアスに)ああ、若旦那、あっしの方が大旦那さまより頭がいいなんて信じられませんぜ。大旦那さまがお帰りになった時の不都合な事態をあっしは全部検討済みなんですから。粉挽き部屋送りになるか、鞭打ちにあうか、足かせをはめられるか、
田舎仕事をさせられるかなんです。でも、このうちの何が起こってもあっしが驚くことはありません。予期に反した出来事は全て儲けものと思えますからすね。でも、さあ、早く大旦那さまに近づいて、まずは行儀よく話しかけてみてください。
デミフォン 甥のファエドリアスがわしを迎えに来るようだ。
ファエドリアス 叔父さん、こんにちわ。
デミフォン こんにちわ。ところで倅のアンティフォンはどこにいる?
ファエドリアス 無事にお帰りで・・・
デミフォン まあな。それよりわしの質問に答えてくれ。
ファエドリアス お坊ちゃんは元気でここにいますよ。ところで万事順調ですか?
デミフォン そう願いたいところだが。
ファエドリアス どうしたんですか。
デミフォン わかるだろ、ファエドリアス君。お前たちはわしが留守の間に立派な結婚式をしたそうじゃないか。
ファエドリアス おや、あのことでお坊ちゃんをお怒りなのですか。
ゲタ(傍白)うまくやってるぞ。
デミフォン わしが自分の息子に腹を立ててはいかんのか? わしは是非とも本人に直接会いたんだ。そして、これまでのやさしいパパが息子のことでとても怒っていることを伝えてやりたいんだ。
ファエドリアス でも、叔父さん、お坊ちゃんは叔父さんが怒るようなことは何もしていませんよ。
デミフォン ああそうか、お前たちはみんなぐるなんだな。話が付いているんだ
みんなで口裏合わせをしているんだな。
ファエドリアス そんなことはありませんよ。
デミフォン こっちが不始末をしでかしたら、あっちが尻拭いに回る。あっちがしくじったらこっちが助け舟を出す。まるで互助会だ。
ゲタ(傍白)大旦那さまは何もご存知ないようても、坊ちゃん達の事はちゃんと知っていらっしゃる。
デミフォン そうでもなきゃ、ファエドリアス君、君があの子のためにこんなに頑張れるはずがない。
ファエドリアス 叔父さん、もし坊ちゃんが本当に悪事を犯して、僕は けっして坊ちゃんに助け舟を出して罰を免れさせるようなことはしませんよ。そのために坊ちゃんが人から白い目で見られてひどい目に逢う としてもですね。しかしですよ、誰かが悪意から僕達の仲間を罠にかけて、裁判で負かせてしまった場合には
それは僕達のせいなのでしょうか、それとも、金持ちを妬んで金持ちから金を取り上げたり、貧乏人を哀れんで金を恵んでやる裁判官のせいなのでしょうか。
ゲタ(傍白)事情を知らなければ、この人の言っていることを俺でも信じてしまうね。
デミフォン でもねえ、あの子みたいに一言も反論しなければ、
自分の正しさをどんな裁判官にもわかってはもらえないぞ。
ファエドリアス 坊ちゃんは市民としての義務を果たしたんですよ。ただ、坊ちゃんは法廷に立つと、自分の考えをうまく喋れなかったんです。彼は恥ずかしがり家ですから、怖気(おじけ)づいでぼうっとしてしまったんですよ。
アンティフォン ねえ~、 恐がっていない振りならできるけど、それでもいいのかい。
ゲタ ご冗談を!
アンティフォン 顔を見てくれよ。ほら、これでどうだい?
ゲタ だめです!
アンティフォン これではどうだい。
ゲタ もうちょっとです。
アンティフォン これでは?
ゲタ オッケーです。その調子です。それから、何か言われたら言い返して、丁々発止とやり合うんです。さもなきゃ、坊ちゃんは怒り狂ったお父様に罵倒されまくるだけになりますよ。
アンティフォン わかってる。
ゲタ そして、嫌だったのに無理やり結婚させられたと言うんですよ。
ファエドリアス 法律と裁判の結果だと。
ゲタ わかりましたか。
ところで、あの老人は誰でしょう、通りの向こうに見えてきたのは。おっおっ、大旦那さまですよ!
アンティフォン 僕はもうここにはいられない。
ゲタ え!どうするんです。どこへ行くんですか、坊ちゃん? 待ってくださいよ。
アンティフォン 僕は自分の馬鹿さ加減も自分の犯した過ちも知っているんだもの。妻のことも僕のこの命も、君たち二人におまかせするよ(アンティフォン、右へ走り去る)。
ファエドリアス ゲタ! これからどうするんだ?
ゲタ 若旦那はこれからお説教を聞かされます。
あっしはこれから吊るされてぶたれます。あっしの思い過ごしでなければですがね。でも、若旦那、私たちが坊ちゃんに対していまお願いしたことを、私たちが自分でやるしかないですねえ。
ファエドリアス 「やるしかない」と言うけど、僕は何をしたらいいんだい。言ってくれよ。
ゲタ 覚えてますか、若旦那が以前に仰ったことを(=後出)?
この企てを始めるときに、この悪事を正当化するためにお二人が仰ったことをね。あれはよく出来ているし分かりやすくて反論の余地の無いものですよ。
ファエドリアス 覚えてる。
ゲタ それだ。今こそ、それを仰る時ですよ。もっとうまい言い方に変えられたらもっといいですけど。
ファエドリアス まあ、頑張ってみるよ。
ゲタ じゃあ、初めのうちは若旦那が前へ出て下さい。あっしは後ろに控えてます。
助太刀がいるときに出ていきますから。
第一幕第四場 ゲタ、アンティフォン、ファエドリアス(アンティフォンの父親の帰国の知らせを受けてアンティフォンとゲタが対応策を考える場面)
(ゲタが舞台左手、港の方角からせわしなく独り言を言いながら登場)
ゲタ(独白)ああ、急いで何かうまい策を編み出さないと、俺はおしまいだぞ!
い ま何の用意もしていないのに、突然大きな災難が降り掛かってくる。この災難をどうやって避けたらいいんだ、どうやって切り抜けたらいいんだ。分からない。 でもこれをうまくやり過ごさないと、俺か坊ちゃんのどちらかが一巻の終わりだ。俺たちのやった大それた仕業はもう隠せないんだからな。
アンティフォン(傍白)あの男、何であんなに慌ててやって来たんだろう?
ゲタ(独白)もうこの問題には時間がない。大旦那さまがお帰りなのだ。
アンティフォン 何を困っているんだろう?
ゲタ(独白)あの事が大旦那さまの耳に入ったときの大旦那さまのお怒りを俺はどうやって鎮めたらいいんだろうか? ぺらぺら喋れば、火をつけてしまうし、黙っ ていれば、逆に怪しまれるし、言い訳するのは無駄だ。ああ、もうどうしようもない。俺の心配の種は自分のことだけじゃなくて、アンティフォン坊ちゃんのことが心配 だ。坊ちゃんの身の上が気の毒だし気にかかる。とても放ってはおけない。ああ、坊ちゃんさえいなけりゃ、俺は自分の身の上のことだけを気にして、大旦那さまが切れたらやり返せばいいんだ。
そして、何かその辺にあるものをちょろまかして、さっさとこの家からずらかるだけなんだが。
アンティフォン(傍白)やつはここからこっそり逃げ出す気でいるのか。
ゲタ(独白)ところで、うちの坊ちゃんはどこにいるんだ。どこを探したらいいんだ。
ファエドリアス お前のことを言ってるぜ。
アンティフォン あいつは何かとても悪い知らせ持ってきたかんじゃないか、心配だなあ。
ファエドリアス おい、おまえ大丈夫か?
ゲタ(独白)家の方に行ってみよう。坊ちゃんはたいてい家に居るから。
ファエドリアス あいつを呼び戻そう。
アンティフォン おい、止まれ、そこで待つんだ。
ゲタ え? なんだ偉そうに、誰だよ。
アンティフォン ゲタ!
ゲタ 坊ちゃんですかい。いまお迎えに行こうと思っていたところなんですよ。
アンティフォン ねえ、ねえ、どんな知らせを持ってきたか教えてくれよ。できたら手短かにね。
ゲタ わかりました。
アンティフォン 話してくれ。
ゲタ さっき港で・・
アンティフォン 親父かい?
ゲタ そうです。
アンティフォン 困った。
ファエドリアス まったくだ。
アンティフォン どうしよう。
ファエドリアス(ゲタに)どういうことだ。
ゲタ(ファエドリアスに)うちの坊ちゃんのお父様、つまりあなたの叔父さんをお見かけしたんですよ。
アンティフォン ああ、いまこのピンチに僕はどんな手立てが見つけられるというんだ。ああ、妻よ、もし運悪く僕が君から引き離されるようなことになったら、もう僕は生きていけないよ。
ゲタ もし坊ちゃんがそんな風に考えていらっしゃるのでしたら、なおさらのこと、しっかりしないといけませんよ。運命は強い者の味方ですからね。
アンティフォン ああ、僕はもう気が気でないんだよ。
ゲタ しかし、今こそ坊ちゃんは落ち着きを取り戻さないといけません。
なぜって、坊ちゃんがびくびくしていることに大旦那さまがお気づきになったら、こいつは自分の罪を認めているとお考えになりますよ。
ファエドリアス そのとおりだよ。
アンティフォン 僕の臆病ぐせは治らないよ。
ゲタ これからもっと大変なことになるというのに、そんなことでどうするんですか?
アンティフォン いまだって大変なのにそんなこともっと無理だよ。
ゲタ(絶望した振りをしてファエドリアスに)これはだめですね。若旦那、あっしはもうお手上げですよ。骨折り損はいやですから、もう行きますわ。
ファエドリアス(ゲタに)僕もそうしよう。
第一幕第二場 アンティフォン、ファエドリアス(女を思うようにできないファエドリアスがアンティフォンの結婚をうらやむ場面)
(アンティフォンとファエドリアス、クレメースの家から登場)
アンティフォン
あんな向こう見ずなことなんかしなけりゃ,今頃は父さんが帰るのを楽しみにして待っていたはずなんだよ。
ファエドリアス どうしたんだよ。
アンティフォン わかるだろ。君はあんな大それたことをやった僕の共犯者じゃないか。ほんとうに、フォルミオのやつも、あんなことを言い出さなきゃよかっ たのに。僕の背中を押して僕の願いを実現してくれたのはよかったんだが、それがこの不幸せの始まりだったとはなあ。もちろん、彼女が僕のものになっていなかったら二三日は辛かったろう けれど、
こんなに毎日が不安で不安で堪らないということはなかったはずなんだ。
ファエドリアス わかるよ。
アンティフォン 父さんがいつ帰ってきてこの結婚を終わらせるのかと思うと落ち着かないんだ。
ファエドリアス 君以外の人間は愛する人が手に入らないことを嘆いているというのに、君は手に入りすぎたと言って嘆いているんだねえ。
アンティフォンよ、君の悩みは贅沢な悩みなんだよ。だって、君の今の生活はまさに人が羨やんで追い求めるものなんだからね。
ああ、ほんとうに、僕は自分の恋を好きなだけ味わうことが許されるなら、死んだって構わないくらいだ。それに、考えても見ろよ、女に不自由しているこの僕 と、女を自由にできる君とのこの落差はどうだい。その上、君は自由な生まれの女と只で堂々と結婚までして、何一つ悪い噂もない女を望みどおりに自分の側に置いているだぜ。
いま君は幸せ者なんだよ、たった一つのことがありさえすればね。それは君が自分の今の身の上をありのままに受け入れる心がけさ。君も僕みたいに置屋の主人 とやりあわなきゃいけない立場になってみればわかるよ。でも、誰でもみんな自分の置かれた境遇に満足できないものなんだねえ。
アンティフォン でも、僕には君のほうが幸せに見えるんだよ、ファエドリアス。君はまだこれから自分の欲しいものを選ぶことができるんだからね。
今のあの子を愛し続けるか、それともやめるか出来るんだよ。ところが僕は残念なことに今の恋を続けるかやめるかをもう選べないという立場に追い込まれてい るんだ。ところで、あれは何だい。ゲタがこっちへ走って来るじゃないか。そうだよ。ああ、恐いなあ、どんな知らせを持ってきたんだろうかなあ。
ゲタ うちの坊ちゃんも最初はおとなしくしてくれていたんだよ。ところが、そこのファエドリアスの若旦那がじきにギター弾きの女の子のところに会いに行って、ぞっこん になっちまった。その娘は汚らしい置屋で働いている子で、若旦那は身請けしたくなったが元手がない。大旦那方もその辺は気をつけていらっしゃるんだな。
若旦那も娘をじっと眺めたり、稽古場への送り迎えについて行くだけ。うちの坊ちゃんと俺は暇にまかせて若旦那の手助けをしていたのさ。娘が通っている稽古場のすぐ外に床屋があって、そこで娘が家に帰る時間まで
待つんだ。ある時そうやって床屋に座っていると、どこかの若い衆が涙ぐみながら入ってきたんだ。俺たちは驚いて、何があったのか聞いた。その若い衆が言うには「今まで、貧しさがこんなに惨めで辛いことだとは思わなかったよ。
さっきここの隣の家で可哀想な一人の少女が母親に死なれて泣いているのを見てきたんだ。遺体は戸口の反対側にあって、葬式を手伝うのは婆さん一人。友達も知人も近所の人も誰もいないんだ。ほんとうに可哀想だったよ。
少女はとても綺麗な子なんだがなあ」と。早い話、俺たち三人はもらい泣きをしたのさ。やがてうちの坊ちゃんが「見に行こうよ」と言うと若旦那が「そうだ。 行こう。よかったら僕達を連れていってくれ」とその若い衆に言って、俺たちは出かけて行って少女を見たんだ。まあ、綺麗な子だった。もっと言うなら、
何の化粧もしなくても綺麗なんだ。髪は乱れ、裸足で、顔もすっぴん、只々涙にくれて、喪服も粗末なもの。だから、もし彼女が本当の美人じゃなかったら、とても見られたものじゃなかったはずなんだ。ギター弾きの女の子に惚れていた若旦那の方は、
「可愛い子だね」と言うだけだったが、うちの坊ちゃんは・・・
ダヴォス 分かるよ。一目惚れだったんだね。
ゲタ それどころじゃないんだ。どうなったと思う。次の日、坊ちゃんは少女と一緒にいる婆さんの所へ直行さ。そして彼女に会わせてくれと頼み込んだ。婆さんは取り持ちはしないと言うんだ。坊ちゃんのやり方は立派な態度ではないと。少女は歴としたアテナイ市民だし、
家柄もちゃんとした娘さんだ。嫁にする気があるなら、正式に申し込めばいいが、そうでなければお断りと。坊ちゃんはどうしたらいいか分からない。彼女を嫁にはしたいが父親に無断で結婚するわけにもいかないからね。
ダヴォス 旅から帰ってきた父親は許さないだろうか?
ゲタ 持参金もない見ず知らずの娘との結婚を許すだろうか。無理な話だね。
ダヴォス それでどうするんだよ。
ゲタ どうするかって? フォルミオという太鼓持ちがいるんだ。そいつは恐いもの知らずで、糞食らえって言いたい様な奴なんだが、
ダヴォス そいつがどうしたんだ。
ゲタ フォルミオは今から言うような作戦を授けてくれたんだ。
「法律では、孤児になった娘は近親者に嫁ぐことになっているんですよ。つまり、この法律は近親者に彼女と結婚することを命じているんです。私があなたを少女の近親 者だと言ってあなたに対して訴訟を起こしましょう。私は少女の父親の友人だということにします。私たちは裁判所に行くんですよ。彼女の父親と
母親、そして彼女とあなたの血のつながりも全部でっち上げるんです。そうするのが私にとっても好都合なんです。あなたはそれに反論しなければ、必ず私の 勝ちになります。お父様が帰って来られたら私に対して裁判を起こすでしょうが、もう後の祭りです。彼女は私たちのものになってるんですから」と。
ダヴォス ふざけた野郎がいるもんだね。
ゲタ 坊ちゃんはその作戦に飛びついて、実行に移した。裁判所に行って負けて、彼女を自分のものにしたのさ。
ダヴォス それで?
ゲタ それでおしまいだよ。
ダヴォス おい、ゲタ、それでお前はどうなるんだよ。
ゲタ 知らないよ。一つ確かなのは、運命の神様がもたらすものにはじっと耐えるしかないということだ。
ダヴォス 立派だ! それでこそ男だね。
ゲタ 俺の希望はすべて俺自身の手の中にあるのだ。
ダヴォス すばらしい!
ゲタ まあ、仲裁人のところへ行って「今日のところはこの男を許して やって下さい。二度とこんな事はさせません。これが最後のお願いです」と頼んでもらうことはするけどね。でもこれだって「ではこれで失礼。あとはこの男を 煮て食うなり焼いて食うなりご自由に」と言われるのと同じだからね。
ダヴォス それでギター弾きの娘にご執心の先生(=ファエドリアス)の方はどう
なんだい?
ゲタ あのまんま、さっぱりだよ。
ダヴォス 彼女に貢ぐにしても、あまり手元にお持ちでないからねえ。
ゲタ それどころか空約束以外はなんにもプレゼントするものがないと来てる。
ダヴォス 親父さんのクレメースさんはまだご帰宅ではないのかい。
ゲタ まだだね。
ダヴォス じゃあ、おまえの大旦那(=デミフォン)はいつお帰りになるんだい。
ゲタ よく知らないんだ。ただ、手紙が来てるって話はある。
もう税関のところに着いてるらしいから、それを貰いに行くよ。
ダヴォス ゲタ、ほかにもう用はないかい。
ゲタ ない。お前も元気でな。(ダヴォス、右手へ退場)(ゲタ、デミフォンの家の戸を叩く)おい、誰もいないのか。(出てきた召使に財布を渡す)これをドルキイム(=ゲタの妻)に渡してくれ(左手の港へ退場。舞台無人)。
仁明 十七年。
淳和 十年。
嵯峨 十四年。
第一幕第二場 ゲタ、ダヴォス(ゲタの家の坊ちゃんが食客フォルミオの力を借りて親に無断で無一文の女と結婚した経緯が明らかにされる場面)
(ゲタがデミフォンの家から出てくる)
ゲタ 赤毛の男の人が来たら・・
ダヴォス もう来てるから、頼まなくてもいいよ。
ゲタ ああ、こっちから迎えに行くつもりだったんだよ、ダヴォス。
ダヴォス ほら、受け取れ。正味の現金だよ。借りていた金額とぴったり同じだ。
ゲタ ありがとう。覚えていてくれてうれしいよ。
ダヴォス 今のご時勢だと特にそうだな。ほんとに、貸した金を返してもらえただけで大いに感謝しないといけないようなご時勢だものなあ。ところで、お前、何を浮かない顔をしているんだ?
ゲタ 俺かい? お前は知らないだろうが、俺はのっぴきならないことになっているんだ。
ダヴォス どういうことなんだよ。
ゲタ 教えてやるが、口外は無用だぜ。
ダヴォス やめろよ、馬鹿だな。僕は借金をちゃんと返す男だと分かっただろ? この僕を信用出来ないのかい。そもそもお前を裏切って何の得になるというんだい。
ゲタ それなら、耳の穴ほじくってよく聞いてくれ。
ダヴォス よし、しっかり聞かせてもらうよ。
ゲタ ダヴォス、うちの大旦那さまのお兄さんを知ってるかい、クレメースさんだけど?
ダヴォス もちろん知っているとも。
ゲタ じゃあ、そこのファエドリアス坊ちゃんのことは?
ダヴォス お前と同じくらいに僕もよく知っているよ。
ゲタ この二人の大旦那さまが同時に旅に出たんだ。クレメースさんはレムノス島へ、うちの大旦那さまは小アジアの馴染みのお客さんの所へね。そこのお客さんがうちの大旦那さまに一儲けさせてやるから来ないかと手紙をよこしたのさ。
ダヴォス あの人はすごい金持ちであり余る大金を持ってるぞ。
ゲタ 愚痴はよせ。あの人は生まれつきお金持ちなのさ。
ダヴォス おれも金持ちに生まれときゃよかった。
ゲタ 二人の大旦那さまは俺を坊ちゃんたちのお目付け役にして出かけていったんだよ。
ダヴォス おい、ゲタ、大変な仕事を引き受けたもんだな。
ゲタ やってみて俺もわかったよ。今から思うと、旦那方が出ていった日が俺の運命の尽きる日だったんだな。初めのうちは俺も坊ちゃん達のすることに反対してたんだが、早い話、
大旦那に忠誠を尽くしていると、こっちの体がもたなくなってきたんだよ。
ダヴォス 無駄な抵抗をするのは愚かなことだと言うからねえ。
ゲタ 俺はもう坊ちゃん達の言いなりになって、何でも望みどおりにすることにしたんだよ。
ダヴォス お前は世渡りが上手だからね。
第一幕第一場 ダヴォス(ある家の召使ダヴォスが友人ゲタの大旦那の息子が結婚したことを明らかにする場面)
(ダヴォスが右手から財布を持って登場)
ダヴォス(独白)同じ故郷の出身のゲタ君が昨日俺に会いに来ました。 ずっと 以前のちょっとした支払いの時に彼から借りていた金が少し残っていたのです。そのお金を返して欲しいと言ってきたのです。それで、ここにかき集めて持って きたのです。なんと彼の大旦那(デミフォン)のお坊ちゃん(アンティフォン)が結婚をされたというのです。
新妻(ファニウム)にプレゼントをするためにこのお金が必要なんだそうです。世の中は何て不公平に出来ているんでしょう。いつも貧乏な人間が金持ちのお金 を増やしてやることになっているのです。可哀想に、彼は好きなものを我慢して自分の給料からちょっとずつ貯めていたお金が
その奥さんのためにいっぺんに持って行かれてしまうのです。それも、どれほど苦労して貯めたかなんて知りもしない奥さんのためなのです。そのうちまた、そ の奥さんが子供を産むときにまた持って行かれることでしょう。そのうちまた、子供の誕生日が来たといっては取られ、何か習い事を始めたときにも取られるの です。ほんとうは子供は贈り物の口実で
実際は母親が全部持って行くんのですけどもね。ところで、ゲタが出て来たようです。


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